Daily Occurrence

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さよならまたな。

10.4、来てくれたみんなありがとう。
最高だったな~!
みんなが居て本当に良かった。

何度でも言う、ありがとう。

帰宅してポロリしたぜ~笑
楽しすぎた!

GypsyMoning
ありがとな。
お陰でケツ叩かれたよ。
また!

YellowStuds先輩
ありがとうございます。
最高でした!
また舞い戻るので今後とも宜しくです。
はやくもっと売れておいてください!爆

FRUITSEXPLOSION
感謝しかねえな。
愛してるよみんな。
ちょっとだけ休ませて
充電して帰ってくるからそれまでステージで待っててくれよ!
プライベートでもよく会うしまあまたそんとき!笑

GARRETありがとう!
スタッフの皆さんも毎度お世話になります。
お陰で気兼ねなく楽しい時間過ごせました。
また、遊びに行きます!

そしてだ!!!

各地のライブハウス関係者様贈り物あざす!
お陰で当分お酒には困りません。笑
マジで半端ねえ。
お返しは、復活したときにたんまりさせて頂きますので、忘れないでくださいね。



ここからは来てくれたみんなへ。

あの場所居たみんな、10.4の夜のことを忘れんなよ。

俺は、忘れねえ。

そんでさ、またみんなで騒ごうな!


ライブでも言ったけど、まだまだ俺ら生きてっからな!笑
何処かで会おう。

そしてステージ戻ったときはまた昨夜みたいに迎えてくれよな。
みんなの顔、すんげえ美しかったです。
本当にありがとう。

またハートを撃ち抜きにくるからな。キリ
それまで元気で:-)

これは言ってしまって良いのかわからないんだけど、少ししたらお知らせがあります。
もちろんTEXAS STYLEから皆さんへ。
悪い話じゃないからチェックして貰えると嬉しいです。

悲しい顔なんてしないでね。
みんな、あんなに最高の顔出来るんだからさ。
俺も負けないようにバッチリ生きます。

一先ず眠ります:-)
最後にも言ったいつも言う言葉。

また会いましょう:-)
それではまた!





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episode10 駆け抜けた6年。



今まで書いてみたがだいぶ端折って簡潔に書いたつもりだ。
書いていないこともまだまだたくさんある。
余りにも色濃い時間を過ごしてきた。

ここまでやれたのも周りのみんなに支えられてこそだと思う。
書ききれなかったことも俺の記憶には鮮明にある。

TEXAS STYLEというバンドは何を残せたんだろう。
こう振り返ってみるとそんなことを考えた。
でも何かを残すためにバンドをやってる訳でもないし、なぜバンドやってるのかと聞かれたらそれはわからない。
ただ俺はバンドっていうものに惹きつけられてるだけだと思う。
そこに理由なんかない。

現にこうしてバンドマン、TEXAS STYLEとしての俺がいるからだ。

明日は、活動休止前のラストライブ。

今までの全てと今をステージに置きに行こうと思う。

それでは皆様、また明日。


episode9 別れと踏み出す一歩。



震災後、久慈UNITYのこださんから連絡をもらってライブをしに行った。
俺に元気をくれ。その一言に二つ返事で行った。

変わり果てた街を目の前に言葉は出なかった。
そこにあるはずの風景が何もない。
ふくよかだったこださんもほっそりとしてた。

俺たちのするべきことは元気を持って行く事だった。
久慈のツアーに合わせて何ヶ所か回らせてもらった。

みんなに再会出来た事が嬉しかった。
またねを果たせたことが本当に嬉しかった。
また帰ってくるよと無事ツアーを終えた。



9月 スタジオ明けの俺たちに訃報が届いた。
八戸ROXXのよしとさんの件だった。
言伝に伝わってきた突然過ぎた話は当然理解出来るわけもなく、咄嗟にゆきさんに電話をかけてた。
心配掛けたくなくてと言って電話越しで泣き声を聞いた。
数日後、八戸に向かった。

八戸ROXXについて。
俺はまだそんなに長い付き合いとは言えないだろうがTEXAS STYLEとしての付き合いは長い。
オリジナル曲を初めてライブハウスという場所で演奏したのが紛れもなくこのROXXというハコ。
TEXASのメンバーとして初めてお邪魔したときから親身になってくれた。
ゆきさんはお母さん、よしとさんは兄ちゃんみたいな存在だった。

そのよしとさんが逝っちまった。
八戸に行っても実感なんてなかった。
Re:TurnやInterloperの連中には迷惑を掛けたと思う。
それでもその場に居たかった。

episode8 自身初巡業から繰り返す巡業と様々な出会い。そして。



リリースと共に初めてのツアーを周った。
全国様々周ったが初っ端の東北での事である。
当時は酒なんか大して呑めずむしろあまり好んではいなかった。

某バンドのボーカルとの出会いがあった。
内容は割愛するが俺のバンドマン人生初めての洗礼だった。
本当に感謝しているし今でも尊敬する俺の兄貴分だ。

各地でバンドをやってるやつら本当に色んなやつと出会った。
もちろん今でも交流もあるし言葉にすると軽く聞こえてしまうかもしれないが、みんなには感謝しかない。
長々と書きたいところだが、本文章の趣旨と少しずれるので書きながら思い出し笑いなどで振り返っている。

2nd albumのツアーが終わり、勝手にアンコールツアーなど遠征を繰り返した。
仲間が増えていき、ライブのお誘いも増えていった。
地元の岩手の先輩バンドの力を借りて地方での企画イベント「MET」なるイベントも行った。

ライブ続きの生活の中で転機が訪れた。
所属していたレコード会社が無くなってしまった。
正確に言うと事業を縮小し方向性を変え、インディーロックバンドのリリースを辞めたのだ。
当時の社長、スタッフも総入れ替えで俺たちもお払い箱となった。

スタッフをしてくれていたA氏は同郷という共通点もあり、何かと気にかけてくれていた。
A氏は新たなレーベルを立ち上げ、小さい規模ながら会社を立ち上げた。

心機一転、俺たちもそこでお世話になる形となった。

立ち上げから暫くして、同郷のバンドW-DRIPと「BOOLISH BEAT」というスプリットアルバムを出した。

地元でバンドをやってる奴らはみんな仕事をしていて中々スケジュールを組めないなんて話はざらにある。

何とかスケジュールをこじ開けてもらい、東北ツアーを敢行した。
秋田、弘前、八戸、盛岡、仙台と東北ツアーを無事に終えた。
残すところ3月19日のツアーファイナルの渋谷公演のみとなった。
今から3年前の事である。

誰もが覚えているだろう。
3月11日 東北地方太平洋沖地震が起きた。
勢いは東北は勿論のこと関東までも巻き込む大きな震災となった。

地元の連中は勿論、家族とも連絡が取れない日々が続いた。
数日経ち、ポツポツと連絡が取れるようになった。
19日はすぐそこ迄迫っていた。
連絡が繋がり、W-DRIP Voの下ちゃんに連絡をとった。
行けるものなら行ってファイナルを迎えたい。
ただ物資は元よりガソリンも無い。ここからは動けない。演れるならお前らだけでもやってくれと言われた。

出演オファーをしていたバンドからもイベントを開催するのか。
不謹慎ではないか。
などと意見をもらった。
会場に確認を取ったところ、うちは構わない。
営業出来ると力強い返事を頂いた。

やるしかなかった。
やりたかった。
ステージに立てないやつらの分まで全力で演った。

この時からやっぱり意識が変わったと思う。
ライブで欠かさずまた会いましょうと言うようになった。
これは言おうとして発した言葉ではなく湧き出た言葉だった。
またなって言葉は絶対じゃないし約束でもない、不思議な言葉だ。

そう思って間もなくそれが現実になるとは思いもしなかった。



episode7 楽団活動と立ち位置。



TEXAS STYLEに加入して暫く経って気付いたことがある。
インディーデビューしたとはいえ、動員が余りにも少なかった。
当時はライブをしても動員ノルマに到達せず赤字続きだった。
超個人的なリサーチの結果、情報量の少なさという点に目をつけた。
HPの更新は遅い。
スケジュールがわからない。
これでは本末転倒である。
知人にHPの作成を依頼して更新も簡単に出来るように設定してもらった。
当時はmixiが全盛期の頃で、幸い既に有ったTEXAS STYLEのコミュニティーにバンバン書き込んだ。
動きや情報が広がれば何でも良かった。

そんなちまちました業務を行いながらもTEXAS STYLE 2nd minialbumの製作が近付いていた。
これは今でもそうなのだが、和夫の作曲スピードは早い。
波はあるものの、その辺のバンドマンよりは断然早い。

当時、ライブを重ねて俺は俺の居る場所を掴みかけていた。(これも完全なる勘違い)
2nd minialbum の製作にあたり、プロデューサーとして、大島さんにスタッフからアプローチをかけて貰っていた。
正直俺は名前を聞いて

(・・?)

って感じだった。フルネームを聞くまでは。

良く良くスタッフへ確認したところ、大島賢治 氏であることが判明。
早く言ってくださいよー!
ハイロウズて!
わー!!
ゆたれひもさゃぬあ、ーと!た!あ!

と抜群の取り乱しを、そしてあくまで冷静を装った。

わくわくドキドキはありながらも、こちらも大島さんも真剣。
最初のライブを観てもらったときは、一緒にやりたくないと言われた。
確かにそんなステージをしていたと思う。
和夫をはじめ、俺たちの思いを伝えた。

正式にプロデューサーとして承諾を頂いたのは暫くしてからのことだ。

プリプロからレコーディング、ミックスと親身になって対応してくれた。
楽曲のアレンジから個々のアレンジまでじっくり吟味した。
俺のデビュー作でもある 2nd album 「Dr.HEAVEN」の製作は TEXAS STYLE へ正式に加入して3ヶ月余りの出来事だった。


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